できる・できないで見てしまうとき

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つい「できた?」を探してしまう

子どもを見ていると、
つい「できたかどうか」を探してしまう瞬間があります。

言えたか。
できたか。
前より上手になったか。

わかりやすい変化があると、
少し安心します。

でも、その見方だけでいると、
こぼれてしまうものがある気がしています。


できるようになる前の時間

子どもは、
急に「できる」ようになるわけではありません。

見て、
迷って、
やってみて、
やめて、
また戻ってくる。

そのくり返しの中で、
少しずつ、自分の中に形ができていく。

でも大人は、
その途中よりも、
「できた瞬間」だけを見つけやすい。


見えていないもののほうが多い

できる・できないで見ていると、
その子が何を見ていたか、
どこで止まったか、
何を確かめていたかが、
見えにくくなることがあります。

本当は、
その途中にこそ、
その子らしさがあるのかもしれません。

「できなかった」ではなく、
「今はここにいる」。

そう見られると、
少しだけ景色が変わります。


観察は、評価より手前にある

観察は、
できる・できないを決めるためのものではなく、
その子が今どこにいるのかを知るためのもの
なのかもしれません。

評価する前に、見る。
急ぐ前に、見る。

そうして見ていると、
「まだできない」ではなく、
「今、ここを通っている」
と思えることがあります。

その時間も、
ちゃんと育ちの一部なのだと思います。

𓅯𓂃𓈒𓏸

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この記事を書いた人

0歳からの探究育児。観察・対話・ことば・環境づくりを通して“育ち”を見る視点を発信しています。Inquire from Zero 主宰。

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