「見守るって、何もしないこと?」
子育ての中で、
「見守りましょう」
「手を出しすぎないで」
という言葉を聞くことがあります。
でも、それと同時に、
こんなふうに思うこともあります。
見守るって、結局どういうこと?
何もしないってこと?
放っておくのと違うの?
この問いは、とても自然だと思います。
「手を出さない」と「見ていない」は違う
見守ることが難しいのは、
外から見ると、何もしていないように見えるからかもしれません。
でも、
手を出さないことと、見ていないことは違う。
見ている。
待っている。
気づいている。
そのうえで、あえて動かない。
それは「放置」ではなく、
ひとつの関わり方です。
介入しない時間にも、関係がある
子どもが何かを試しているとき、
大人がすぐに手を出さない時間があります。
その時間は、
何も起きていない空白ではありません。
子どもが、自分の中で動いている時間。
そして同時に、
大人が「ここにいるよ」と伝えている時間でもあります。
離れるのではなく、
そばにいるまま、急がせない。
見守ることは、信じることに近い
見守るという言葉には、
どこか「我慢」のニュアンスがあるかもしれません。
でも私にとっては、
見守ることは、
信じることに近い
と感じています。
今すぐ答えが出なくてもいい。
途中で止まってもいい。
回り道してもいい。
その時間ごと、子どものものとして置いておく。
見守りは、何もしないことではない
見守ることは、放っておくことじゃない。
何もしないふりをしながら、
実はとても深く関わっている。
視線を置く。
空気を共有する。
急がせない。
それだけで、
子どもが安心して動けることがある。
観察とは、
答えを出すためではなく、
関係の中で待つこと
なのかもしれません。
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このブログでは、
観察する子育てと、日々の小さな気づきを静かに綴っています。
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